まがことのは




第五章














 机の上に並べられた何枚のもの写真。投身自殺をしたという生徒、それから自殺未遂をした生徒たちの写ったクラス写真と、本来なら警察から持ち出されることがないはずの現場写真が、大きなテーブルの上に並べられている。
 それを受け取る権利があったのは、協会を通して派遣されてきている崇子で、もちろん最初に彼女がそれを見て状況の把握をしなくてはならないのだが、実際のところ彼女は直視することすらできずにいた。ちらりと目に入っただけで、見る気も失せてしまった。見るに耐えないほどの惨状が映し出されていて、普通の人間が見たらトラウマになってもおかしくない。
 その写真をひらひらと振りながら、日常のスナップ写真とまるで変わらないものであるかのようなノリで、奏が崇子に言う。
「お嬢さんさあ。この学校での怪奇現象とやらは、何が原因だと思ってる?」
 崇子は、机の上の写真を見ないように視線を奏のほうに向けて、少し困った顔をした。
「わたしからは今のところなんとも。実はわたしも今日到着したばかりですから」
「なーんだ。楽は出来ないってことか。でも見当くらいはついているだろ?」
 校長たちとの話が終わった後、宣言どおりに昼寝を始めた蓮はさておき、とりあえず昼の間に施せる手をということで崇子と打ち合わせをしてはいたのだが。つまらなそうに言った奏に、崇子は笑みを浮かべる。
「協会が巫女であるわたしを派遣したところを見ると、霊の類が起こしていることだともとれますね。ですが一方であなた方を指名したのですから、一概にそうとも言えない。要するに分かっていないのです」
「なんだそれー」
 不満そうに、ぷうと奏が頬をふくらませる。
 彼がそんな仕草をするととても子どもっぽく見えた。崇子は小さく笑みをこぼす。
「わたしの意見で良ければもう少し詳しく言えますが」
「なんだ、そんなものあるなら出し惜しみするなよ」
 崇子は「すみません」と言ってから、続ける。
「現象と呼べるものは、この学校を中心にして、結構な範囲に及んで起こっています。――一番被害の大きいのはやはり人が多く、しかも精神的にも霊的にも干渉されやすい年齢の子どもたちが集うここですが。しかもその被害のほとんどが、死に至るもの。その上「喰われた」のだと言えるようなものばかり。この学校内での事件をあわせて死者は二十人を越えています」
「つまり、霊の類ではないと思っている?」
「ええ。霊は人を食しません。人の仕業でないのならこれはこの世ならざるもの、魔族の仕業だと思います。それも人を操ることを得意とするもの」
「ふうん……この世ならざる魔族、ねえ」
 奏はどこか楽しそうだった。唇をすうっと横に引いて、笑う。――奇妙、だった。一変した雰囲気に驚く間もなく、彼はすぐに、にこりと笑みを浮かべて崇子を見た。
「で、とりあえずどうするんだ? 計画とかたててるのか?」
 年齢不詳だと思わせるのはこういうところだ。表に見える感情がころころ変わるのがひどく子どもっぽいようでいて、ほんの束の間見せる表情が老成しているように感じる。外見は若いが、仕草も落ち着いているしどこか年寄りくさい。蓮と一緒に騒いでいることが多いからそんな風には思わせない事の方が多いが、ふとした瞬間、彼は確かにどこか普通の人とは違って見える。
 崇子が、年下に見えるこの少年に対して敬語を使って話すのは、初対面だからとか仕事だからとかそういうものだけではなく、どこかそうさせる雰囲気を持っているだった。ずっと陽気なペースでいるのさえ、裏を疑ってしまいたくなるような。
「私が地相師なら現場から情報を読み出せるのですが、残念ながらそういった手合いの者がいないので、現場で正確に何が起きたかを察することができないのは困りますね」
 地相を読む、というのは通常、土地の吉凶を見る程度だが、協会に属する者など能力者の間で地相師と呼ばれる人は、その土地に強く残った記憶や情報を読み出すことができる。非戦闘要員だが、事件に当たるには重要な役目だ。
「あ、悪い。俺もそういう系の能力はわからない」
「蓮さんはいかがですか?」
「俺にできないことは蓮にも出来ないと思う。同系統の能力だから」
「そうですか……」
 こういう流れになれば、奏の方から自分たちがどういう能力を持っているかを言い出しそうなものだが、彼は何も口にしなかった。そういえば崇子は「狩人」の二つ名を持つ彼らが、どういった能力者であるのかを知らない。協会からも知らされていない。ただ、その名だけが有名だった。
「とりあえず、元凶は常に校内にいるものではないようですから、ここから完全に人がいなくなったのを確認してから、学校全体を外界から切り離そうと思います。外部から進入は可能でも、出て行くことが不可能な類の結果を張って。そうすれば内部で多少のことが起きても、外に影響は出ませんし」
「学校全体を一人で?」
 かなりの広範囲だ。呪符などの力を借りるにしても、一人でするにはやはり広い。
「それくらいの役にはたてるつもりですよ」
 協会は、エリート精鋭の集うところ。そうでなければ、国家権力と張り合うほどの――と言うべきか、その影響を受けずに立っていられるだけのものではなくなる。
 なるほど、と何が分かったのか、奏はしたりがおで頷き、笑った。
「俺らもできるだけ援助はするよ。サポートって言うんだっけ? 一応、協会には何かと世話になってるからね」
「やはり、個人で営業するのは難しいですか?」
「まあね。俺みたいのは生きにくい世の中になったものですよ」
 言葉が浮いて漂ってしまいそうなほど、不釣合いな顔で少年は笑って見せた。
 協会は学校からの要請に、とるもとりあえず崇子を送り込んだ。本来ならもっと人員を整えるところだが、校長にも言ったように別の大きな事件で人が出払っているせいでもあり、この学校での事件がかなりの大きなものになりそうだったからだ。能力に不安のあるものを送り込むこともできず、かといって他に手の空いている者もおらず、学校側から人員の増強を依頼されなくても、他の手助けを頼むつもりだった、と聞かされている。しかしながらこういった能力者で、個人で営業している者は、変わり者というか偏屈な人間が多く、教会が急に要請をしてすぐさま動いてくれるとは限らない。常になく緊急の要請に応えてくれるもので、しかもそれ相応の力の持ち主、となると限られてくる。
 直属の上司に、彼らなら協力してくれるだろう、と聞かされてきていたのだが、やはりそれには事情があるのだろう。しかもこういった事象における権威である協会は常に、同業者に対して高位置に構えているものなのに、「協力してくれるだろう」と、遠慮がちで、同時に盟友に対するような言い方をした。
 奏が、自分の能力のことを口にしないことにも関係あるのかもしれない。――なんとなく、彼は忘れているだけの気もしたが。出会って間もないが、彼ならそんな気もしてしまう。
 あえて突っ込んで聞く気にもなれず、崇子は笑みを返した。
「ギブアンドテイクですね」
「持ちつ持たれつって言おうよ。人情的でいいだろ。なんか、ギブアンドテイクだと、すげーゲンキンな感じするもん」
 自分の膝で頬杖をついて、奏が能天気に言った。
 相変わらず、何もかも考えすぎだろうかと思わせるような、底のない――言ってしまえば、すっからかんの笑顔だった。




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