長い髪が伏せっている顔にかかっていて、顔そのものが黒い空洞のようだった。 投げ出されている体は学校の制服を着ていて、その紺のセーラー服のせいで黒い塊に見えた。 寒々しくスカートから見えている脚の白さが、妙に月に映えて、対比が生々しかった。 そして、広がっていく黒い染み――血。 「禍言の葉」
まがことのは 先の見えない廊下。クラスを表示するプレート。蛍光灯の白い光。機械的に並ぶ、教室の机。 投身自殺。 カッターナイフ。 食われた死体。 狙われた少年。 ――さらわれた少年。 夜を彷徨うものがいた。少女の皮をまとって。
額を流れる汗をそのままにして、使いものにならない腕をだらりと垂らし、そこから血までも流しながら都雅は、もはや彼女に視線も向けていない魔族を睨みつけている。 じゃあ、あたしは?
――化け物? 世界は藍色に満ちているはずなのに突然明るくなって、思わず目を瞬いた。 明るい真昼だった。 壁を見ていた顔を上げて、首を返し、遠く深遠の方へ向ける。 身を刺す冬の空気と共に、あたりを苛んで、蝕んでいたのは闇であったはずだった。 「あきらめよ」
――家族なんていらない。
一人で生きていける。だから、必要ない。 「俺は大抵の場合、女子供には優しいんだ」
「だって俺は大丈夫だけど、お前はそうはいかないだろ?」 「でも、お前はしちゃいけないことをした。物事には、限度ってものがあるんだ」 鬼頭 奏 「あの子達逃がすよ。お嬢さんと一緒に、行って助けてあげてくれないか」 ――懸命に何かをかばおうとする、力ない人の姿。あの姿には、覚えがある。 逃がしてやりたい。 「蓮」 前を向いたまま後ろの壁を指差して、奏が強く言う。 「言うこと聞きなさい」
「どうせ奏が礼言ったんでしょ。大したことじゃあるまいし、あの程度、 ひとつの善事に礼ひとつで十分」 「悪い癖だ! いつもいつも言ってるけど、悪い癖だ。どうしていっつもそうなんだ。 そこまでするほどのことじゃないだろっ?」 「ぼくにとって、人間なんかどうでもいいんだ。奏に比べれば、そんなの動かない置物と一緒だ」 鬼頭 蓮 ――その場所は、何があっても触れてはならない場所だった。 「察するに、そこにあったのは結界だ」 「結界? 何かが封じられていたと言うことか。ならばどうして人を傷つけるのじゃ」 「なりふりかまってはいられないようなものが、そこにいるからだろう。 多少の犠牲など言ってはいられない、どんな形の警告であれ、ここに近づいてはいけないと、 人に認識させなければならない、それだけ厄介なものが」
そのさらに向こう。 黒い影がいた。
「まったくもって愛想のない小娘じゃの。乱暴者でどうしようもない奴じゃとは思っておったが、
いくら原因のようなものがあるとはいえ、許されるには限度があるのじゃぞ」 「頼む。わしと来てくれ。事情は道々話すでのう」 「文句があるのじゃったら、自分のお人好しを直してから言うのじゃな」 菊 「協会の人間だと言ったな。そこで何をしてる」 言葉も声も、もういつもの調子に戻っていた。突然かけられた声に、崇子は肩を震わせた。 「わたしは……」 「何のためにここにいる。何のために働いてる。やる気もなくて人の足を引っ張るだけなら、はじめからこの仕事するんじゃねえ」
「あのなあ、お前、あたしの性格分かってるんなら、そういう態度をやめて、用事を言え。
蹴飛ばすぞ」 「ごちゃごちゃうるせえな」 「人間には優先順位がある」 「後悔するのは結構。でもそれに捕らえられすぎて再起不能になるな」 神舞 都雅 流れる風はどこに。身を包む大気は。肌に触れる空気は。その源は。
「都雅ちゃんは、強いね」 ――あたしは強くなんてない。 いつも足下は揺らいでいる。しっかり踏みしめようと、立ち続けようとする足下が、目眩をおこしているようにゆらゆらと頼りない。 明日のことは知らない。先のことを見通せない。どうしたいと思う、余裕がない。 ――――死んでしまえば。 死んでしまえば楽になれるのに、明日のことなど考えられなくても困ることなどないのに。 それでも生きているのは、どうしてだろう。 「さっさとあたしの目の前から消えろ」 |