「禍言の葉」番外








 集合場所がバス停前だったのは、やはり人目をはばかるからか。
 あくまで目立たないことが最優先のため、年齢性別がばらばらの人間が集まっていても違和感がないだろう、という理由で設定された集合場所だった。ただ、込み入った話をするには、まわりに人が多いのが難ではある。
 しかしながら、そういった配慮は、彼ら自身が無駄にしてしまっていた。そこにあるあまり和やかとも言えない空気は、否が応にも、彼らを浮き彫りにしている。
 夜にこそ人が増す繁華街の中、壮年の男性と若い男性の一組と、その隣りに二十代の男と少し若い女性一人、そして小学生とも中学生ともつかない年頃の少女の三人の組み合わせが一組。時間が半端だったのか、他にバスを待つ人間もなく、どうやらお互いに気にしているようだから、待ち合わせはこの五人で全員だろう。
「ねえ、田川さん」
 不機嫌が色濃く出た声で、女性が口を開いた。季節はまだ夏には早く、夜と言う事もあって肌寒かったが、彼女は薄着だった。ファッションを意識する若い女性らしいと思って見れば何の変哲もない、薄いジャケットと、ふわりとした生地を重ねたスカート。彼女の不機嫌にはいろいろ理由もあるだろうが、最初に顔をあわせたときに、彼女自身とその服装を見て壮年の男が顔を顰めたことも、要因のひとつであることには間違いない。その表情は、彼の心の声が聞こえてくるようだった。「こんな小娘に何が出来る」と。
「はい」
 少し気弱そうに、スーツ姿の男性が声を返す。けれども、それが余計に気に障ったかのように、さらに戻ってきた声は不機嫌な度合いを増していた。
「今回は警察と協力の、重要任務のはずよね?」
「前もって言われている通りですよ」
「どうして子供のお守りなんてしないといけないわけ?」
 彼女が無遠慮に指差した先には、興味なさそうに、表情も変えずに通りを見ていた少女がいる。
「本当だったら御堂くんが来る予定だったのに、どうしてこんな可愛げも愛想のかけらもない子を連れ歩かなきゃならないのよ」
「御堂くんだって、彼女と同じ年ですよ。子守りだって言ったら、彼が来たって一緒じゃないですか」
「御堂くんは武道やってて普通の人間としても強いし、こんな時間にうろつかなきゃならない女性としては十分心強いのよ。能力だって桁外れでしょ。あの子は頭もいいし、あの子のこと子守りだなんて言ってたら、田川さんなんて大きな赤ちゃんじゃないの。それに、御堂くんかわいいし」
「中学一年生になったばっかりの子捕まえて何言ってるんですか、榊さん。神舞さんだって、実力の方は僕がしっかり見てるんですから、大丈夫ですよ。それに、今回の人選は会長指示ですし」
 相手の勢いに気圧されているのが見ていて憐れなくらいに、田川は一生懸命に相手をなだめようとしてる。だが、「会長指示」が効いたのか他の理由なのか、榊と呼ばれた女性は文句を言う対象を変えたようだった。話題の中心でありながら、まったく関係なさそうな顔で立っていた少女に向き直ると、田川に対していたときと変わらない強い語調で言う。
「あたしは『桜城』でも『龍河』でもないけど、田川さんが言うには今回の任務は会長直々の人選だそうだし、一応協会ではそれなりに能力を買われてるの。能力的に勝る相手と年上には、きちんと敬意を払いなさいね。あたし、生意気な子どもって大嫌いだから」
 彼女たちの常識では有名な家名を上げてそう主張する。生意気なことはまだ何もしていないはずなのに、そんなことを言われたのは、少女の持つ雰囲気のせいだろうか。その証拠にというべきか、まだ十分にあどけない顔立ちをしている少女は、それに反する強く鋭い目で相手を一瞥して見返しただけで何も言わなかった。――お前なんかに構っていられるか、というような態度で。
 それを見遣ったものの榊はそれ以上何も言わず、再び田川の方へきつい声音で言った。
「田川さんも、今回のリーダーなんだから、もうちょっとしっかりしてほしいわ。年下のあたしにブツブツ言われる前に、あたしがこの子に言ったのと同じこと言い返すくらい気概みせてよね」
 彼女は、今度はそんな説教じみたことを口にすると、困った顔の田川のことは放っておいて、再び顔を背けた。彼女たちを観察するように見ていた男性の二人組みの方へ歩み寄ると、やはり変わらない調子で言う。
「ここでぼけっと被害が出るのを待っていても仕方ありませんから、昼の現場を見せていただけません?」
 生意気としかとれない彼女の態度に、壮年の男性はあからさまに不機嫌な顔をした。事件解決のために現場指揮に当たっている刑事である。
「私たちはここで待機して、何か連絡が入ったらすぐ動けるようにしておかなければならない。周辺警備なら警察があたっているし、君たちがうろつく必要はない。大事があって連絡がとれずに対処が遅れては困る。君たち同士なら平気かも知れんが、我々は君たちのように、手も道具も使わずに連絡をとりあったりする手段をもちあわせてはおらんからな。それとも、危険を察知して空を飛んで駆けつけてきてくれるなら話は別だが」
 あからさまに敵意とからかいを含んだ口調で返してくる。だが榊もやはり負けておらず、ピンクのグロスが塗られた唇の端を持ち上げて、わざとらしい笑みを形作りながら言い返した。
「あら、世間には数年前から、携帯電話って言う文明の利器が出回っているのをご存知ありませんの? 何かあったらすぐそれで連絡がつきます。それと、「空を飛んで駆けつける」という類の能力者がご要望でしたら、はじめからそう言っていただけたら、ご要望に添える能力者が派遣されて来ましたのに、残念でしたわね」
 警察関係者で、彼女たちに対して不信感を持っている人は少なくない。
 彼らは彼らの捜査に自信と誇りを持っているし、榊たちのような、言ってしまえば「得体の知れない」能力者という部外者が、したり顔で彼らの現場に土足で踏み込んでくるのを好まないのだろう。そもそも余程のことでない限り、彼らが関わってくることがないため、馴染みがないというのも理由かもしれない。
 対して榊は、普段ならばそういう相手の事情を汲み取ることくらい出来るのに、今日は大変に機嫌が悪かった。不毛な口論が始まりそうな気配に、田川は榊を止めたかったが――正直言って、彼には彼女を制御する自信がない。片手を挙げて、間に入りたいけれども、空気に割り込めずに入る田川に、横から別の声が話って入った。
「田川さん」
 若い方の刑事が、ポケットからイヤホンのついた無線機を取り出した。
「何かあったら連絡しますので、ご協力をよろしくお願いします」
 苦笑混じりに――けれどもどこかおかしそうな顔で無線機を渡されて、田川も同じように複雑な笑いを返しながら受け取る。それを見て、壮年の刑事の方も、榊の方も、皮肉合戦をやめたようだった。
「だから御堂君が来てくれれば良かったのに。あの子なら転移だって自在なんだから、黙らせてやれたのに」
 榊は田川へ再びの文句をあびせてから、行きましょう、と言って踵を返す。背を向けて歩き出した彼女の後ろで警察の二人に詫びてから、慣れない動作で無線を装備して、田川はやれやれと肩を落とした。榊の後を追おうと足を向ける前に、ふと動きを止める。もう一人、連れがいたことを思い出して。
「御堂って誰だ?」
 声をかけようと顔を向けるよりも先に、自分より幾分低い位置から声が聞こえてきた。ジーンズをはいた上に、だぶだぶの大きなカッターシャツ一枚着て、ミリタリーのジャンパーを羽織った、痩せた少女。もともと長めのショートヘアだったと思われる髪はさらに伸びて、無理をすれば結べるほどになってしまっている。少女は名を神(かみ)舞(まい)都(つ)雅(が)と言う。
 彼女の方から声をかけられるのは始めてのような気がして、驚いた目で見ると、いつも不機嫌そうな表情をしている少女は、さらに眉をひそめてしまった。田川は、榊の後を追うよう動作で示してから、慌てて言葉を返す。
「御堂(みどう)尭(たか)雄(お)って言う名前の、君と同じ年の男の子で、精神能力者(サイキック)なんだよ。年は若いけど、実力は『協会』内でもトップクラスで、今回は彼が来る予定だったんだけど、会長が急に君に変えたもんだから、榊さんも追加人員にされちゃって――って意味分かるかな」
「ああ。もともと三人来る予定で、そのうち御堂ってのがトップクラスの実力者だからあと二人は別に実力的に不安があっても大丈夫だったのに、御堂ってののかわりに、どの程度の実力か分からなくてしかも何の能力があるかも分からないあたしが来る事になったから、力の均衡を保つために、自称「能力を買われてる」あの偉そうなオネエチャンがあたしの子守りで来ることになって腹立ててるってことだろ」
「うん、まあ極端に言えばそういうことだけど――決して君だと不安だって言ってるわけじゃないんだよ。御堂君と交代させたくらいだから、会長もどうしてか君の力は買ってるみたいだし、君の実力は俺もちゃんと見てるし」
 淡々と語った都雅に、田川が慌てて言った。彼が先に言った言葉が、彼女に対して十分失礼だったと今更気がついたのだろう。けれども少女は、そんな彼を皮肉げに笑って見た。
「お互い様だ。あたしは今あんたのこともバカにしたぞ、言っとくけど」
「それは……いいんだ、別に。通りすがりの君に助けられちゃうような情けないやつなんだから」
 力なく笑って田川が言う。
 昼の光景がよみがえった。人とは違う能力を持つ身ながら、人外の化物を前にして、何もできなかった自分。
「くだんねえな」
 初夏を思わせる抜けるような真昼の蒼さの下、驚きとともに見上げた時に聞いたのと同じ口調で、隣りの少女がつぶやいた。
「あの榊って人、気に食わないけど、あいつの言ってることも正しいぞ。あんた、あたしみたいなガキに偉そうな皮肉言われて説教の一つもないなんて、そういうとこの方が情けない」
「ああ、榊さん、あんなにきついことばっか言ってるけど、悪い人じゃないから、彼女が言ったことが気になったなら、俺から謝っておくよ。今回のことは君にも急に降って湧いたことなんだし、怪我しないことだけ考えてがんばってくれればいいからね」
 的外れと言えば的外れ、逃げたといえば逃げたともとれる言葉に、都雅は皮肉混じりに笑いながらつぶやいた。
「大人って訳わかんねえ」
 言われても、田川は苦笑してみせるしかない。





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