※ 「菊ちゃんっ? ……都雅ちゃんも?」 少女が、驚いた声を上げる。魔族に襲われかけていた彼女に対して、黒マントの人影の元から猫が駆けつけた。音を立てずに走り寄った猫は、少女の脚に寄り添い、呆れた声を上げた。心配と安堵も込められた声だった。 「まったく美佐子ちゃんは、なにゆえかようなことにいちいち首をつっこむのじゃ。こういうことは、都雅にでもまかせておけば良いものを」 「お前、人を便利屋かなんかだと思ってるんじゃないだろうな?」 後ろから低く抑えられた声が脅すように言う。しかし猫は頭をそびやかせて平然と返した。 「なんじゃい、結局ついて来とるくせに」 「お前が人にすがってお願いするからだろうが」 「文句があるのじゃったら、自分のお人好しを直してから言うのじゃな」 「ほほう。お前も言うようになったじゃねーか」 猫に追いついて言う、黒マントの少女の声がいっそう低くなった。にやりとわざとらしく笑う顔に、今度こそ猫は怯えたようだった。全身の毛を逆立てて、もう一人の少女の足下に逃げ込む。 「都雅ちゃん、どうしてここに……?」 「菊が、あんたがいなくなったって、そらもう大慌てで泣きついてきてな。病院かここだろうって言うから、先に病院に行ってたら時間を食った。自殺を目撃して療養中だったって?」 「でも都雅ちゃん、今大変なんだって、菊ちゃんに聞いてたのに……」 「あんたが、いちいち気にすることじゃない」 相手が言いかけた言葉を、無愛想にさえぎると、黒マントの少女は一歩前へ出る。そして、廊下の真ん中に立ちつくす少女に目を向けると、不快そうに片眉をあげた。 「都雅ちゃんは、強いね」 背中からかけられた言葉には、応えなかった。さりげなくもう一人の少女を、背にかばいながら、前を見据える。 「魔道士(エゴイスト)……」 思わず崇子はつぶやいていた。それに。 ――都雅……? 耳に忍び込んだその名に、戸惑った。そのはずがない。彼女が来るはずがないのだ、それどころじゃないと協会の頼みを断ったのだから。この業界に属するものならば大抵はそうだが、特に彼女は協会の頼みを無下にできる立場にいないはずだ。もちろん、そんなに大きなしがらみではなく、彼女の自由意志での問題で「普通なら少しは気にするだろう」という程度の問題ではあったが。――普通ならば、多少は恩義を感じるだろう、と言う程度。 「クラッシャー」 崇子の呟きを聞き取って、奏はおやおやという風情で声をかける。 「あれが、くらっしゃあ? 最強と名高い魔道士?」 「はんっ。あんた感覚どっかおかしいんじゃないの。起きてる? 目え開けたまま寝てんじゃない?」 奏と蓮に口々に言われて、崇子はさらに当惑してしまう。 だけども崇子が口にしたのは確かに、皆がその実力を認め、協会の上層部の者ですら恐れと敬意と、多少の親しみとからかいを込めて呼ぶ二つ名だ。それに崇子は都雅を見た事がある。もうずっと前のことになるが、あれは当人だ。間違えるわけがない。あの苛烈な少女は。 それは彼女たちの業界では、とても有名な異端児。 「ごちゃごちゃうるせえ。魔道士をその名前で呼ぶんじゃねえよ」 肩に届かない短い髪を振るようにして顔を上げ、少女は乱雑な言葉を口にした。そして前を見据えたまま、少し顔を傾けて、背中に向かって問うた。 「あれは、あんたの知り合いか?」 前を見据えたまま、彼女は背中に向かって問うた。 「彩香よ。入院してるはずの友達なの。何回かお見舞いに行った。いつも、助けて助けてって言ってて……。何かがいるって……」 「あの子か?」 「本当に恐がってたの。嘘には見えなかった。わたしも、事件があった日に妙な声を聞いているし、奇妙なことがあったし」 「彩香ってのがあれだったら、向こうのはなんなんだ」 独り言じみた口調で彼女が言う「向こうの」は当然、奏たちを指した言葉だろう。対峙している者すべてに警戒の眼差しを向けている破壊魔に、蓮が文句を言うより奏が呑気に口を開くよりも早く、崇子が大声を返した。ここで誤解されて、ついでに攻撃などされてはたまったものではない。 「協会の者です!」 この学校の調査のために来たんです――と、続きを言おうとした。だが、その一言だけを聞いて興味を失ったのか、敵ではないと判断したのか、取るに足りないものだと思ったのか、黒マントの少女はつまらなそうにさえぎった。 「あ、そう」 本人に力量があれば、相手の強さも分かるものだ。もしかしたら彼女は見ただけで、目の前にいる人たちの力量をはかり、一番間近にいる、自分と同じ年頃の少女を一番危険だと判断したのかもしれなかった。けれども、存在を除外するようなその態度は必要以上に厳しい対応だ。 崇子は空気と一緒に言葉を飲み込み、何も言えなくなってしまった。 |