もうもうと土煙を上げている爆発源に目を向けて、少年たちは硬直していた。そこに何か、爆発するような物があっただろうか? ――そんなわけがない。 自分たちは何も持ち込まなかったし、安全でなければならない子どもたちの遊び場に、そんな物があるわけがない。舞い上がっていた土煙が夜風にさらわれて消えた後には、月明かりを吸い込むようにして開いた穴しか見えない。直径が大人の身長ほどもある。 ついでに言えば、その爆発源は微妙に、少年たちの戦利品からずらされている。更に言えば、財布の山の上、爆発源の近くにいたはずの猫がいなくなっている。少し離れたところで鋭い息を吐きながら、少女を威嚇していた。うまく逃げたようだ。少女は苛立ちまぎれに舌を打ち鳴らした。 少年たちは固まってしまっている。くつろいだ格好のままの者、そして中腰になって止まっている者。一体何が起きたのか全く分かっていない、何をすればいいのか分からないような表情だった。先程までの威嚇の視線や、人を嘲笑う態度も無くした彼らは、年相応に幼く見えた。 「しまった、説明の途中だった」 唖然としてしまった彼らに、少女はふいにつぶやいた。 そして顔をあげると、淡々と語りだす。 「お前たちが先週カツアゲして財布を奪った少年がいます。もうどの少年のことだか覚えてないだろうが、バットで殴られて右腕を骨折した彼の恋人が、お前らを恨んで、仕返ししてくれと依頼してきたので、あたしがあんたたちを痛めつけて警察に突き出すこととなりました。――ちなみに余談ですが、その少年は母子家庭の子で、バイトの初給料で、母親にプレゼントを買うところだったそうです」 海外ドラマの刑事が「お前には黙秘権がある」と言うときのように、状況説明は一応義務だから、という彼女の信念のもとに告げられた言葉だった。最初と変わらず棒読みで、それだけに余計にリアリティがあった。依頼主だという、被害者の恋人。ここに立つ黒い少女を透かして、この場にいない人間の無念さすらうかがえるほどに。 「ついでに言えば、あたしは今かなりイライラしています。と言うわけで――運が悪かったな。逃がしゃしねえから、覚悟しろっ」 どこか喜々としている彼女の言葉に、訳も分からないまま、少年たちは一目散に逃げようとした。けれど、そんなこと許してもらえるわけもなく。 再び――爆音。 遠く、サイレンの音が聞こえ出した。平穏な夜の町中で、立て続けに巻き起こった騒音に、ご近所の人々もさすがに黙っていられなくなったようだった。――当然、公園にいた他の人たちはさっさと逃げ出している。 広場の隅には、少年たちが引っくり返っていた。その場にダウンしている少年たちに大きな外傷は見えない。もともと大怪我をさせるつもりはなかったのだから、心底驚いて恐怖して、気を失ったというのが大きいだろう。外傷よりも余程効果がある。――きっと、彼らに襲われた人々の気持ちも、ようやく分かったというものだろう。 「お主、その少年の恋人から、やっぱり依頼料もらうつもりなのか?」 少女は自分に問いかけてきた猫の言葉を無視すると、その場にひらひらと舞っていた生身の紙幣を、無造作に数枚掴んだ。そのまま何事もなかったかのように立ち去ろうとする。 「お主っ、やはりそういうつもりで――」 「うるさいって言ってるだろ。仕事は仕事。依頼料は依頼料」 依頼してくる側に理由があれば、こちらにも事情がある。いちいち構っていられるほど彼女にも余裕はなかったし、それを強要される言われもない。 「……だけど、依頼人が盗られたのと同じくらいの額に、プラスアルファに治療費込みで、ちょっと多めの額の金が、盗った奴のとこから返ってきたって、別に構わないだろ」 今日この日に金を取られた人には災難だが、だいたいカツアゲされたとて、生身の金を数枚持って行かれたのなら、元の金額が戻ってくるとは限らないものだ。勝手に決め付けると、彼女は数枚の一万円札をスカートのポケットにねじ込んだ。依頼人には「奴らが返した」と言って渡すつもりだった。額が多いのは、気のせいだろう、とか、記憶違いじゃないのか、などと言い添えて。相手が信じるかどうかはともかくとして。 放っておいても警察が来るから、自分の出番はここまでだ。このまま居残って余計な嫌疑を受けることもない。彼女自身が補導されかねないことだし、慌てて飛び乗ってきた猫を肩に乗せて、再び宙に舞い上がった。 夜空の上から見るパトカーの赤いシグナルが、くるくると回って、夜を騒々しく照らし出している。集まってきている人間たちも、その光に照らされてちかちかと見えた。 もし人が助けを求めて悲鳴を上げたって誰も駆けつけはしないくせに、こういうことには野次馬根性むき出しで、勝手なものだ、思う。黒山の人だかりは、闇が滞っているようで、気持ちが悪い。 騒ぎを下に見ながら都雅は、何か言いたげな黒猫に問いかける。 「それで結局、お前の用事ってのは、なんだったんだ」 「おうおうそれだ。実はな、わしの飼い主の一家が、今度の日曜の夕食へ招待したいそうじゃ。必ず連れてくるように言われての」 「……なんだそりゃ」 あきれ返った声が出た。この猫の飼い主の一家には、大して面識があるわけではない。相手から見ればどうかは知らないが、都雅にとって見ればそうだった。 都雅はこの不可思議な力を使って、人からの依頼を請け負う仕事をしている。その依頼の内容は実にさまざまで、今回のようにやっかいごとやトラブルなどを解決する力仕事であったり、普通の興信所などと変わらないようなものであったり、そして一番多いのが、怪奇現象の調査であるが。 ボランティアで人助けをしないのが信条のはずの彼女は、その実、通りすがりにボランティアで人助けをすることがたまにあった。そのうち一件が、この猫の飼い主の少女が「捨てた人形に襲われる」というものだった。長年愛玩していた人形を捨てたところ、それを恨んだ人形が、その少女を襲おうとしていた。前兆を悟ったこの猫が、都雅に飼い主を救うよう依頼してきた。――学校の帰り、下校中に捕まってしまったのだ。しゃべる猫に対し、うっかり普通に応対してしまったのがまずかった。都雅としては飼い主から依頼料をもらうつもりだったのに、もらいそびれてしまった。大抵は、そのまま終わりなのだが。 「お主に礼がしたいのだそうだぞ」 菊は、疲れたような声を出した都雅の態度の方が分からない、という様子で言う。 「お前の飼い主は、この間も、お前にお菓子を届けさせなかったか」 「あれは美佐子ちゃんが、クッキーを焼いて友達に配ったから、おぬしにもお裾分けしたいとか言うておったもので、わしの方から、届けてやろうかと言ったのじゃ」 「だから、それが変だって言うんだよ」 猫も猫なら、飼い主も飼い主だった。あの一家は、変わり者の集まりだと、都雅は少し皮肉な思いに捕らわれる。 もともと、菊という名のこの猫は、野良猫には住み難いこのご時世、化け猫のくせにのたれ死にしかけていたところを、その家の一人娘に拾われたらしかった。そのままずっと、ただの猫のふりをしてその家に飼われていた。それだけならまだしも一家は、人形の一件で、この猫が実は化け猫だと知ったのに、相変わらず飼い猫にしている。その上、得体の知れない通りすがりの魔道士を、食事に招待したいなどと言う。 「そういう訳だから、日曜にお主がちゃんとあの家に出向くまで見張っておるから、そのつもりでおれよ」 冗談じゃない……などという、少女の心底からの願いなど、当然聞き入れてくれそうにない化け猫である。 |