宇宙人と魔法のナルト

中原まなみ

『フラれた。』
 シンプルすぎるその一文だけのLINEに返信する言葉を思いつけなくて、俺はしばらく悩んだ末『ざんねん!』のスタンプだけを送りつけた。
 即座に、通話が来た。
「シンゴー! もうちょい何かあんだろよ!?」
「あー、いや、まぁ、残念だったなー、と」
「おまえホント……」
 電話口でガクリと肩を落としてうなだれる奴の姿が見える気がした。
「まーいいや。お前いまどこ」
「中庭」
「あ。まじか。すぐ行くわ。帰んだろ?」
「うぃ」
 頷くと、おけー、と軽く返事をして通話が切れた。愚痴につきあえ、ってことだろう。まぁ、別にかまわんが。今日塾ねぇし。
 ふ、と息を吐く。白い。
 空はすっかり夕焼けから色を落とし、世界は藍と紫に包まれ始めていた。
「シンゴー」
 校舎の入り口から、同級生が走ってくる。
 香川敬人。幼稚園のころから一緒にいる腐れ縁の幼なじみだ。どういう因果か、高二の今年はクラスまで一緒だった。
「おつ。ずっとここいたん?」
「いや、図書室。さっきここ来た」
「なんで中庭なんてくっそ寒いのに……って、あー、あれか。なんだっけ、ICT?」
「ISS。ICTは情報通信技術だバカ者」
 ISS――国際宇宙ステーション。地球の周りを飛んでいるあの建造物は、条件が合えば地上からふつうに見える。点滅もしない光の点がすうっと空を横切る様が好きで、条件の合う日は空を見上げてしまう。
「好きだなー。で、見えたん?」
「ん」
「よかったなー。あーあ、俺が別れ話している間、シンゴちゃんはロマンチックなことしてたんっすねー、あーあー」
「知らねぇし。てか、いまやってたの、別れ話。高崎よな」
「うぃ。教室で」
「よーやるわ」
 呆れて少し笑ってしまった。校内で別れ話とか、アオハルか。
「で、なんでよ」
 校門へと歩き出しながらかるく聞いてみるが、ケイトは長めの前髪をくしゃくしゃといじって、ま、いろいろ、とだけ答えた。深入りするようなことでもない、のだろう。というより、たったいまのことを、まだ話すには整理し切れていないのかもしれない。
 ケイトの彼女……元カノは、この学校でもトップクラスに頭が良く、その割に(といったら一部の女子からぶったたかれそうだが)見た目も悪くなかった。ずいぶんほかの生徒のやっかみも受けていたと思うが、仲は良かったはずなんだが。
「まぁねーいろいろあるんっすよー。童貞ちゃんには分かんないっすー」
「殺すぞ」
 睨みつけると、ケイトはキヒヒ、と気持ち悪く笑った。
 校門からゆっくりと通学路を歩いていく。
「そいやシンゴ、出した? 進路調査票」
「あー……」
 うめく。鞄につっこんだままだ。
「まだ」
「ふーん? 理学部じゃなかったん?」
「の、予定ではあったんだけど、んー」
 悩んでいる。学校はまぁ、大体あのあたりかと踏んではいるのだが、そこでいいのか、本当は別の――それこそ引っ越しをともなって県外に出た方がいいのか。
「お前ここまで一直線だったくせに」
「お坊っちゃんにはねー、分かんないっすよー」
 先ほど言われたことをそのまま言い返してやる。案の定、ケイトは嫌そうに鼻を鳴らして、会話はそこで途切れた。
 そのままだらだらと歩いていく。すり減った靴のつま先を眺めながら。
「あ。なぁ」
 不意に、ケイトが声を上げた。顔を上げて横を見るが、そこにケイトの姿はなかった。振り返ると、数歩手前の路地脇でケイトが手招きしていた。
「みてみて。あれ。屋台」
「あん?」
 寄って行って覗いてみると、たしかに一台の屋台がそこにあった。昔のドラマとかでみる木のやつではないが、ワゴン車に暖簾がかかっている。
「へー、あるんだ、あんなん。実際」
「シンゴちゃーん。なぁなぁ、俺はショーシンなの。付き合え付き合え」
 まじかよ。めんどくせぇ。
 とはいえまぁ、そこまで全力で拒否するようなものでもない。ずるずると引きずられながら、屋台へとたどりついた。
 年季の入った屋台は、グレーの車体があちこちすす汚れていて、若干汚らしい。暖簾も、これ、いつ洗濯したやつだ? と聞いてみたいが怖くて聞けない色になっている。
「おー、いらっしゃい! あれ、高校生? 珍しいねぇ」
 威勢の良い声と同時に、丸い顔のおじさんが顔を出した。皺は深いが、一目で笑い皺だな、と分かる相貌だ。藍色の法被みたいな服がよく似合っていた。