ロニ・ルー・モデノスと《おわらせ》の夢

有永イネ

「昨今の魔術師の初仕事というのは、大方が《おわらせ》から始まる。ひとりだちした魔術師なら避けては通れない茨のアーチみたいなものだ。これでお前も一人前、俺は鼻が高いよ」
「《おわらせ》とはなんです。師匠からは習いませんでしたし、本にも載っていませんが」
 師匠マーサーはロニのいれたうぐいす色のミグリードア茶――北の名産だ――を飲みほし、心もとないひげをなでなで、すこしだけしぶい顔をした。
「優等生、実に結構。なにせ知らせてはいけないという決まりがあるもんでな。一人前になるってときに初めて《おわらせ》のことを話してやるんだ。ロニ・ルー、おどろいたか? 俺はお前さんがあまりおどろいていないことにちょっとおどろいているよ、かなしいな」
 師匠がここぞというときまで隠し事をしてはロニをおどろかせたい性分の人間であることは、もう十年も前からわかっていたことだ。
 隠し事をするのは《魔術師の静寂》を守りたいからだ、というのは師匠の言葉。
 《魔術師の静寂》というのは昔ながらの伝統のひとつだ。その場が静かであればあるほど魔術がききやすくなるものなので、ふだんの生活からなるべく余計なことを言わぬが吉というひとつの願かけのようなもの。強い魔術がはたらく場所では、誰かのため息すら聞こえないとすら言われている。
 ややすすけた風習である《魔術師の静寂》を師匠はあがめたてまつっていたが、ロニにしてみればマーサー・ゾエのそれは静寂というよりは彼の厄介な『だまりたがり』という悪癖にほかならなかった。師匠はしばしばロニに「おや、ロニ・ルー、知らなかったのか? そうだそうだ俺が《魔術師の静寂》をまもっていたせいで、お前に教えるのを忘れていたっけ」と始める。ロニは師匠のこの悪ふざけに十年うんざりしきっていた。
 したがって、彼女が《おわらせ》を知らなかったのはマーサーのいじわるだと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。